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『決壊』が暴き出す“わからなさ”という不安の正体

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『決壊』

平野啓一郎『決壊』を読む: 元官庁エコノミストのブログ

上下巻合わせて1,000ページ近くもある作品ながら、さくさくと読めてしまう。

ドストエフスキーからの影響を受けていたころ、書かれたと述べられている通り、その内容には根源的な”罪と罰”めいたテーマが横たわる。

となると読みづらそうに感じてしまうところ、それでも読み易いというのは舞台設定の現代性や事象の近接さによるところなのか。

展開のフックやにおわせの文脈が連綿と繋がっていくところにも、その興味をドライブさせ続ける面白さがある。

主人公はおそらく崇ということになると思うのだが、基本的にはこの人物を中心とした界隈の人物でもって話は進む。ただ、実際に関係する人物もそこまで多くなく、故に展開自体は分かり易い。

「なぜだろう」という問いで始まり「なぜだろう」という自らの問いに帰結するところもあり、その問いに対する、答えの出ない問いが余韻として残ることが異質であり魅力的。

ある事件をきっかけにそれ以前、それ以後で話が進むのですが、その展開も巧妙に入り乱れる楽しさがある。物語的なそれ以上に「なんか引っかかるな」と終始思わされるところに不可思議めいたギミックがあるわけで、その巧みさが驚きとして堆積されてくる。

小説の特性として存在する、”文字”を頼りにするということ。

この本の面白さにおける本質があると感じるところであって、ようするにその人のパーソナリティや素性といったもの、内面的な様相というものに関してはあくまでも文字情報以上のものは無いということ。

小説全般がそうなわけですがこれが意外に盲点で、この小説を読むまではそんなこと考えたことも無かったわけです。

それがひとたびそのことに目を向けると途端に気になりだし、わからなさが募ってくる。

崇という人物、その他の人物に関しても事象の理解は出来ても本質的な理解には至らない。至っていると思ってもそれを裏切ってくる展開や、わからなさへと繋がる文脈も含め、とにかく自分が思い描いているものの正しさが徐々に崩れてくる。

人が人を理解するうえで、人となり、関係性、日常での仕草や行動を抜きにして語れないということを身をもって知らされる。

結局崇という人物はどういう人物で、どういう思考をしていたのかがわからなくなってくる渦中、抱いてきた曖昧な像が瓦解していく。

個人的にはその部分が一番魅力的でしたね。本作においての。

2008年に刊行され、およそ20年近い月日が経過した中においても廃れない時事性もあり、今読んでも作品内での憂慮が見て取れる。

全体主義や多様性という言葉で片付けられない個別の問題の積算。何がきっかけでそうなったのかということは骨抜きになり、起きた結果のみが主導する問題の核心。

誰が悪いとか誰が正しいとかでなく、本質が抜け落ちた負の連鎖のみが呼応する。

これって今の時代のSNSなどにも顕著で、理解というフィルターが欠如しているところに共感のみが忍び寄る。

共感至上主義に陥る時、それがとんでもないパワーを発揮し、もはや止めることのできない強力なエンジンとして機能していく。

これって非常に怖いことですよね。

それに似たような思い込みのパワーが本著でも散見され、見ようによって、見るものによってどうとでも解釈できてしまう。

それもあくまでも文字情報ベースであるから。

文脈を読んだとてあくまでも文字。人となりの本質や機微などというものは軽薄にも刈り取られてしまう。

社会における構造的な難しさを決壊という作品内に落とし込んだ現代版罪と罰

物語のプロットが見せる文字の集積、いざ混沌の旅へ誘われてください。

では。

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